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最近の新聞紙上に掲載されている、生活扶助費削減、子どもの貧困、児童虐待、年金不正受給などがテーマに掲げられている内容の多いことに驚かされる。さらに子どもに万引きをさせていた親が逮捕されるというニュースまで続出している。
このような時期、先日封切られた、カンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞した是枝監督作品の「万引き家族」を観ることが出来た。
一見して画面は暗く、内容も今世の中で起きている話題が詰め込まれており、正直重苦しくなっている自分が映画館にいた。
祖母と父親、母親、母の妹、幼い男子が古びた一軒家で暮らしている。途中から幼い女児(この子は父親が集合住宅にいるはみ出し、虐待された子ども)が加わり妹となる。
その日から、同じ鍋を囲むなど寝食を共にし、自然に馴染んでいく風景が描かれている。少し違うのは生活の糧となるべき「万引き行為」を誰もが容認し、悪びれることなく日々を過ごしていることだ。
ここには「罪を犯してる」という意識は全くみられず、罪を犯させているという躊躇もみられない。弱った女児に手を差し伸べたように、食べるに困ったとき好物の物を手に入れるのが自然だとさえ思う描写である。
この「家族」を、家族以外の者が受け入れることは到底出来ないのではないかとさえ感じる。受け入れ、理解できないことを世に住む多くの人は「犯罪者」というカテゴリーに閉じ込め、自分とは関係ないと安堵して生活をし続けている。
ある夏の日、雑貨店で妹に万引きをさせる行為を店主に見られ「兄ならそのようなことをさせるな」と咎められる。この時点で男児は模索し始める。「悪いこと」と知ることで悩み、この時点で家族に亀裂が入り始める瞬間をみ、彼らだけの完結した暮らし「家族」から出て行かざるを得なくなった。
私達はよく理解できないこと、理解したくないことに線引きをする習慣がある。これはものごとを一面化させてしまい、裏に、側面に、奥に何があるかを考えることを放棄さえしてしまうことになる。
しかし、この映画は線引きをさせず、私たちが生きている現実と同じ世界に、彼らが生きていると思わされるのである。つまり、他人事ではないということに気づかされた。これまで何も考えず、正しい側面にいるという錯覚に陶酔しているだけだと気づかされる。
そのようなシンプルで清潔な社会への強烈な違和感を感じ取れれば作品の意味があるように思えた。また、暇を見つけて映画館に、しばらくしたらDVDになるので求めて足をお運び下さい
昨今、いろんな事件が起きております。元香川県の某病院勤務の医者の女児虐待の事件。元、香川県在住の両親による女児5歳の虐待死亡事件。この痛ましい事件にたどたどしい平仮名で心情をつづっております・・・。泪を注がされました。いつも快晴ではないですが曇天ばかりでもしんどいですよね!