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乱用、依存 薬物や酒、暴力やギャンブルなどによって、本人や周囲に何らかの問題が生じることを「乱用」と呼ぶ。さらに「依存」は、身体的、精神的、経済的に様々な問題が生じているのにその使用や行動を続ける状態で、やめたくても、自分の意志でやめることはできない。 |
米国の試み
「父は大学教授。家のしつけは厳しかった方だと思う。兄さんたちはみんな立派だった。兄弟の中でぼくだけ期待に応えられなかったんだ」 ワシントン郊外のカフェ。何度も毛糸帽に手をやりながら、ピル(19)は言った。断酒して、1週間目という。言葉を選ぶようにゆっくり話した。 「一流」と言われる大学に入ったが、授業への出席は長続きしなかった。酒は友人に教わった。「憂さを晴らす」くらいの軽い気持ちだったが、やがて部屋にひきこもり、記憶がなくなるまで飲むようになった。
驚いた母親に、断酒グループのミーティングに連れて行かれた。「今ならやり直せるかもしれないと思った。また大学に行きたい。自信はないけれど」。そう言って笑った。
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「暴力や交通事故など、未成年の飲酒による損失は年間528億j(約6兆円)に上る。だが、それは我々が支払う代償のうちのごくわずかだ」 ワシントン郊外にある国立アルコール研究所(NlAAA)は呼びかける。
米国が抱える深刻な問題の一つが若者の酒害だ。米厚生省の調査によると、12〜20歳の29%が過去1カ月に酒を飲んだことがあり、19%はたびたび飲み、6%はひどく飲んでいる。その数はマリファナなどの薬物をはるかにしのぐ。
酒が関係した不慮の事故で、年に1400人の大学生が死亡し、50万人がけがをしている。犯罪率や自殺率も高く、13歳以前に飲み始めた4割は依存症になるとされる。
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「酒はナンバーワンドラッグ。酒だから大丈夫、と思うのは大きな間違いだ」。NIAAAのティン・ケイ・リー所長は警告する。
米国では、法的に酒を買えるのは21歳から。酒類の販売そのものを禁止する州もある。
だが、手に入れるのは簡単だ。家や地域にはあふれている。「酒によるトラブルで警察の世話になったり依存に陥ったりした若者では自宅や友人宅のパーティーで初めて飲んだという例もめずらしくない」とコネティカット州子供家族省のピーター・ベンツエラーラ依存担当部長は言う。
NIAAAは各州と協力して、飲酒問題を親子で学ぶための教材を作ったり、高校の理科の時間に酒が体や脳に与える影響について教えたり、といった試みをしている。
なかでも効果をあげているのが、ミネソタ大学が開発した「プロジェクト・ノースランド」。酒に関心を持ち始める6年生(小6)から8年生(中2)を対象とし、まず6年生では漫画のテキストを使いながら「お父さんはお酒をどのくらい飲んでいる?」 「お母さんはお洒はいいものだと思う?」などと家族と話す。上級生になると政府や医療機関の取り組みを取材し、リポートにまとめて同級生の前で発表する。
「その結果、8年生終了時の飲酒が2、3割減った。学校だけでなく、家庭で話すことが重要なんです」とNIAAA予防研究部門のジャン・ハワード部長は話す。
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親に飲酒の問題があると子供が乱用や依存に陥る危険性は2〜4倍高まるという。親による虐待や育児放棄、喫煙やほかの葉物の使用も危険因子だ。「これらは原因でなく、きっかけに過ぎない。しかし、知っていれは、避けられる」とコネティカット大学アルコール研究所のビクター・ヘッセルブロック所長はいう。
所長らは、人種の違いや性別、親子、兄弟などで、依存になりやすさを比較した。その結果、依存は様々な要因が複雑に関係し、遺伝だけ、あるいは環境だけで簡単に説明できないことがわかってきた。
「依存はだれでもなりうる。なるか、ならないかは本当に小さな差なんです」
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米国社会を揺さぶる薬物と酒。今年1月、ブッシュ大統領は一般教書演説で、「依存は友情、勇気、道徳、富、希望を奪う」と取り上げた。家族に影を落とすとされる依存は、日本でも水面下で広がっている。回復を目指す本人や家族への支援の試みをリポートする。
(五十嵐道子)