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体験記 (90)

 今まで長々と私が生まれて歩いてきた人生を述べてきたが、要約すれば幼少時家庭の中で3日にあげずのケンカの絶えない日々と父の上から押し付けの様な威圧感と母のネガティブに考える癖を受け畏縮した中で育ち、加えて母の過保護により、自分の思い通りにならないと気がすまない性格になり、社会に出ても常に人の顔ばかり見て他人が自分をどう見ているか嫌われているか否かに非常に敏感になってしまったように思える。加えて神経質という性格特徴を持っていたが為に100%母の思惑に感化されてしまって上述したように人に嫌われたくないとそればかり思うくせに人の失敗 或いは自分が楽するように得するように取り繕うのを見ると腹が立ち、そのやり方を許せずに対立的になり、結果として人々から嫌われ付き合いにくい人間と思われてしまう人生であったと思う。
 若い頃 磯島先生から「君は表面は従順だが内面は非常に頑固である」と言われた。先生の言われることには素直に聞くが頑として自分の考え方を変えなかったのである。
 神戸の岡さんからは「お前は何かあったら全部相手が悪くなるんだ」と言われた。そして「人に厳しく自分に優しいんだ。そうでなく人に優しく自分に厳しい人間になりなさい」と言われたが、今でも相手が間違っていると思うとそれを許せない。従って人間関係の軋轢は折に触れておこってくる。長年に亘って培ってきた感情の癖は一朝一夕には変わらない。
 18歳で森田療法の通信指導を受け考え方が変わってくるように思えて自分もこのようになりたいと思い森田に夢中になったが、森田でいわんとしている事を全く理解していなかった。神経質の性格特徴 とらわれる心のカラクリ等、自分では分かったつもりでも、日常生活での実践をしなかったので症状は変わるはずがなく、長年月にわたって悩んできた。森田では症状を持ちながらも日常生活ができるようになればそれが治ったということですよと言われたので私の神経症はもう治っているのかも知れない。
 神経質という性格そのものは変わるはずがなく、これは一生ついてまわるし気になる事も次から次へとおこってくる。これ等は生きている限りいつもついて廻るものであろう。
 あまりにも完璧を求めすぎた為に、人の言動のはしばしが自分を嫌っているように思えでそうなるとその人を避けるようにするので、動作が不自然になり相手にも伝わって本当に両者の間に溝ができ、その悪循環に苦しんだのであった。その要因として内気で逃避的な為、人中に入っていくことができず、子供の時から人を避けていた為に人との接し方の術を知らずに大人になり、神経質の執念深い性格も相まって症状に苦しんだのである。そしてなんとかしてこれを克服して楽になりたいと努力したのが症状を固定することに役立ったのである。こういう人間になったことは私の運命としか言いようがなくこれからも生きている間続くであろう。いろいろ悩んで あがいてきたがそれでもはた目には普通に生活している人間としか映ってないと思う。何10年と苦しんできたが、それでも生活が破綻することもなく生きているのでそのくらいでいいではないかと思っている。岡さんが「なんとかするんじゃなくてなんとかなっていくんだ」と言われたがその通りであった。岡さんも神経質でいろんな症状を体験してきたが私よりも森田をよく理解していた。私は全くの劣等生であったが、残された人生を神経質と共に生きる以外にない。昨年、岡さんの奥さんから電話があり、岡さんが心不全で亡くなられたのを知らされた。奥さんから「私達には子供は娘2人だけだったので主人は山下さんを息子のように思っていたのでしょうね。最後まで山下さんのことを心配していました」と言われて心配と迷惑のかけ通しでご恩に報いることのできなかった自分が恥ずかしく思うと共にわがままばかり言って困らせたことを反省しているのである。岡さんから「好かれようとしてごすったりするのは嫌味ですよ。せめて嫌われないように誠意を持って接する。その上で嫌われたら打つ手はないのだ。そのまま嫌われている以外ない。無駄なあがきはせずにいい意味でずぼらな人間になりなさい。」その他、いろいろ教えていただいたが頑なに自分の考えを変えなかったので、この年まで悩んできたのであった。岡さんとは会社の上司と部下でなく父親のような存在になったが、今以って人の顔色を見る癖は残っている。このまま生きる以外にないと思っている。人と接するのが不器用な人生を生きてきたと思う。70歳をすぎて何時死ぬかも知れない年になった。子供の頃、いつか必ずやってくる死を想像して恐れおののいていたが、それが現実に向こうの方に点のように見えてくるようになつた。森田で(どうすることもできないものはどうしようともせず外界のしごとに精を出し、今今と今を精一杯生きろ)という教えを守っていきたく思うのである。生きる限り悩みはつきないものであり、受け入れていく以外に術はないものである。
 以上何年にも亘ってくどくどと書いてうんざりした所もあったかも知れないが未熟者とお許し下さい。
 最後に高良先生の著書より教えられる所が大きかったので抜粋して終わりにしようと思う。先生の文章はすべての人の生き方に役に立つと思いますので参考にしてもらえたらと思います。私のように未熟な神経質でない普通の人々は自分の中から自然にできていることであり、特別なことではないでしょうが、未熟な私には先生の著書は参考になりましたので。

執筆 :(T.Y)