体験記 (58)
2人の子供ができて家族6人で生活していたが、やはり他人が入ると両親と嫁の間に立たされた私はいろいろと気苦労がたえない日々だった。
母が仕事に行き、父が病弱で家にいて家内が子供を見ながら内職をしていたので、夕方母が帰ると父が家内のする事を母に言うので母と家内のトラブルの種になるのは閉口した。今思うに母が家にいて家内が外に出ればよかったかも知れないが、私がこういう性格になったので母に子供を見てもらうのは心もとなかったのである。どっちに転んでも悩みの種であった。加えて盆正月には家内の実家へ挨拶に行くのだが、対人恐怖症の私は、これが苦痛で仕方がないが、全体に逃げられない事である。気の重いまま義務として行っていた。家内の実家へ行く時は、盆礼、正月礼としてギフト品を持って行くが、お義母さんは「こんなもんいらんのに、ようけあるのに、こんな物持ってきて」と私の目の前で公然と言う。歯に衣着せぬと言っても常識というものがあろうに。お義母さんがこの家を取り仕切っていて、お義父さんはお義母さんの言いなりであったし、子供たちも親の言う事には絶対に逆らわなかった。
全員がお義母さんの言う通りにしており、お義父さんも何をするにもお義母さんに聞いて指示を仰いでおり、言う事を聞かないとこらえなかった。
自分の近くにある物でも向こうの方にいるお義父さんを呼んで処理さし、その通りに動いて処理したお義父さんを「こんなやり方して」と文句ばかり言っていた。それも私の目の前で言うので、私はこんなお義母さんが嫌いであった。お義父さんは文句ひとつ言わずに言う通りによく動く。養子の家はこんなものだろうか。あるいはお義父さんの性格の故か、ほんとうに、いいお義父さんであり、私はこんなお義父さんなら一緒に暮らしてもいいが、お義母さんとは3日とおりたくなかった。家内は、お義母さんに似たのだろうと思う。
執筆 :(T.Y)