体験記 (52)

　発見会から離れ通院も辞めてしまい家と会社の往復だけの生活になった。神経症の真っただ中の２７歳で結婚し治療の道を失ってしまい、会社の岡さんと話しを聞いてもらうだけの生活にもどった。
　結婚して新しい人間関係ができたが、これがまた新しい苦しみとなっていった。これからは親戚として付き合うことになるのだが、近所の人と会ってちょっと挨拶や、立ち話しと違って、行動を共にするようなことが苦痛で仕方がない。盆正月にはどうしても家内の実家へ行かなければならない。社交的な人間であれば人中へ入って行って交際を楽しむのであるが、それが苦痛で仕方がなかった。車で小一時間ばかりの道がゆううつで胸がしめつけられるようであった。
　家内の実家へ着けば心身共に緊張して石のようになっていた。挨拶をすますと話題もなく、黙って座っているだけで、向こうが声かけてきたら、それに答えるのみであった。何をするにも遠慮して部屋の隅でジッとしていた。
　従って家内の実家へ行くのは正に戦場におもむく気持ちであった。自分の身内へ行くのは子供の頃から慣れ親しんでいるから案外リラックスしているが、（それでもあまり行き来のない親戚では多少の緊張はある）　家内の実家は今まで全く縁のなかった他人である。結婚という形で縁ができただけで、そして一生付き合わなければならないのだから、先方の自分に対する評価が気になるのは当然である。しかも人の心の内は分からないからなおさら緊張して堅くなって自由に行動できなくなるのだった。
　そんな風であったから早く帰りたくて仕方がなかった。いい年をして子供みたいと笑われるかも知れないが・・・。それでも会社の仕事、仲間との飲み会、家内の実家への挨拶等、行かなければならない所へは、心は憂鬱になるのだが、逃げずに行っていた。重症の神経症の人は家から外へ出られないと聞いたが、私は主観的に苦しみはあるものの、何とか行動はできていたから、海野先生が「君の神経症は軽い」と言ったのだろうが、私は、こんなに苦しいのに軽いとは思っていなかった。

執筆 :（T.Y）