『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』を読んで
〜村上泰樹の世界の美しさ〜
読後、美しい詩的情景が残る原型として、村上春樹作「国境の南、太陽の西」を思い浮かべた
次に、前作「lQ84」が頭に思い浮かんだ。
「lQ84」は緻密に構成されたストラクチャーから成り立っている物語だが、本作はそれより、文学的芸術性が高められている。
本作を読み進めていくうちに、自然と主人公“つくる”に感情移入し、最後の一文を読み終えた時、自分が“つくる" そのものの内的体験の主体となっていることに気付かされる。(それも“豊かな”内的体験だ。)それは作為的なものではなく、すんなりと自分の肌に馴染んでいる。違和感なく。それでもって、とても美しい。波がひいた後、砂浜に残った美しい貝殻のように、とても美しい文学作品が生まれた。
ある有名な映画監督が言っていた。美しいものは、人の記憶に残る、と。まさに、この小説も、そして私にとっての村上春樹の小説は、そういう“美しいもの”として脳裏に残っている。技術的な面での変化など(語りの視点や構成など)、いろいろ言いたいことはあるが、「ポエッテイー(詩的)な」というシンプルな言葉しか今の私には浮かんでこない。
人の心に残る作品、美しい作品だ、という言葉しか語れる言葉がない。
(サンシャイン)