体験記 (46-47)
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診察の度に気になることを先生に訴えると「悲観的に悲観的に考えるんだね、興味ありますよ」と言われた。私の物の考え方に問題があったのかも知れない。出来上がった性格というものは変わりようがなく、この傾向は今でも残っている。
先生は「神経症なんて気持ち悪いぞ」とも言われたが、体験のない人には、そんな気持ちになるのは当然かも知れない。そうしている内に結婚式も近づいてきて、先生から「山下君、あんたはごく普通の結婚をすると思う。新婚旅行はどこに行くんだ」と聞かれて「南九州です」とこ答えると「じゃ土産買うてこい」と言われた。
言われた通りに土産を買って帰ると「君のように素直な人が何で神経症になったんだろうな」と言われた。
私は対人恐怖で、人が自分をどう思っているか、嫌われているか好かれているかばかり考えて他人の言動を自分への嫌悪の表現と受け取り、和やかな人間関係ができないことに悩んでいるので、むしろひねくれています。森田先生も神経質者、特に対人恐怖の人はひねくれていると言っておりますが、私は先生の言うとおりに土産を買って帰ったので素直とみられたのかも知れない。
私は神経症の治療の為に医者へ行っており、その先生の指示に従っただけであった。本心はそうとうにひねくれ者だと思っている。唯、今まで人との付き合いをしていない為に、すれっからしにはなっていなかったのかも知れない。つまり世間知らずであったと思っている。反面、対人恐怖の特徴として先生に言われて買って帰らなかったら、先生から怒られるかも知れないという考えも否めない。つまり、どこまでも人の顔色ばかりみているのであった。
後で思うに「土産買ってこい」と言ったのは、土産が目的ではなく(人との付き合いは物のやり取りでできるんだぞ)と言われたように、人付き合いの術を教えてくれていたのかも知れないと考えられるのであった。
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診察すると必ず薬をくれた。薬に対しては先入観があったので不安ではあったが、飲んだり止めたりしていた。どうしても気になるので薬剤師の所へ薬を持って行ってみてもらった。薬剤師に神経症で病院へ行ってる旨を伝えると、薬をみてくれて「これは安定剤です。薬は大きく分けて上薬、中薬、下薬にわかれます。上薬とは全く副作用がなく、確実に病気を治します。中薬は多少の副作用はあるが病気の治療には役立ちます。下薬は病気の治療には何の役にも立たず100%副作用があります。安定剤はこの下薬になります。」こう教えてくれた。
これを聞いて医学的知識が何もないのに、またどんな副作用かを訊ねる知恵もなくただ薬が恐くなり、不安でガタガタふるえていた。先生に電話して不安を訴えると「安定剤なんか出してないと言ったでしょ」と言われた。そんなことは聞いてなくそれが嘘だと分かっていてもその言葉を聞いただけでスーッと気持ちが落ち着くのであった。先生は「君は何でも不安になるという言葉から犬を使った実験を思い出した。同じ親から生まれた子犬を全く違った環境で育てて、性格の違いを調べたものである。一匹は庭で放し飼いにして、自由に生活させた。もう一匹は小屋に閉じ込めて一歩も外へ出さずに育てた。
2年後に両方違いを調べた所、外で放し飼いで自由に育てた犬は何に対してでも好奇心が旺盛で喧嘩早い犬になり、一方、閉じ込められて育った犬は、どんなものにもビクビクして行く先々で尻尾を巻いて逃げてしまったという。これは動物実験なのでそれをそのまま人間に当てはめるわけにはいかないだろうが、それでも私は人の自分に対する嫌悪の表現が恐くて人中へ行くのを嫌い、家で物言わぬ生き物(花とか小鳥等)を世話して子供時代をすごしてきたので、この実験では後者の犬のように育ったのではないかと考えたのである。
執筆 :(T.Y)