体験記 (36)
もめ事の多い家庭だった為か、または私の心が冷たいのか知らないが、中学3年の時祖母が死に、また今日兄の死に逢っても悲しいという感情はわかず、両方共一滴の涙も流れなかった。父だけが「帰りたい帰りたいと言い乍ら死んで、あの時帰してやればよかったんだ」とワーワー泣き崩れていた。葬儀も終わり会社へ行くと同僚から「何で死んだんや」と聞かれ「肺炎だった」と嘘ついた。自殺だったとは言えなかった。同僚から「山下兄さんは結婚しとったんか?」と聞かれ「まだ一人であった」と言うと「もし結婚しとったら、その人を嫁さんにする人もあるんやぞ」と言われた。兄は独身であったからそんな事はないが、もし兄が結婚していて、今まで義姉さんと呼んでいた人と私が結婚するには抵抗がある。絶対に嫌である。
しかし世間にはそんな人もいるのかな。いるのであれば、どんな気持ちで一緒になるのだろうか? 私には分からない。
今まで兄嫁であった人を、兄が死んだからといって自分の妻とするのは、女性を物扱いにするみたいだが、一面から見るとこれも生活の知恵かも知れない。若くして未亡人になり、嫁ぎ先と縁を切り再婚するのも薄情であろう。
さりとて婚家で生涯後家として暮らすのもかわいそうである。弟がいれば弟と夫婦になり慣れた婚家で生活するのが自然なのかも知れないが、私は嫌である。神経質の潔癖症の故なのだろうか?
これとは全く関係ない話だが、父は明治生まれの古い人間だからか、よくたとえ話を私にしてくれた。
鶴と鳩とおしどりの話をするのである。それぞれ雌雄がペアになって生活するのだが、鶴とおしどりは両極端であり、鳩は中庸であるという。
鶴は夫婦の一方が欠けると絶対に新しい相手を寄せ付けない。一生涯閨を守る。反対におしどりはおしどり夫婦といって仲のいい見本のように言われるが、これぐらい浮気な鳥はないらしい。夫婦仲良く泳いでいても、向こうから新しい雌が現れると雄はスーっとそっちへ行って仲良くなってしまう。そうしている内にまた別の雌が現れると雄はまたそっちへ行って仲良くなってしまう。
その点、鳩は中庸である。鳩も夫婦仲がよく一夫一婦を守るが、一方が欠けると、しばらくは新しい相手を寄せ付けない。しかし時期がくるとまた新しい相手と夫婦となり生活していく。一番理想的な態度なんだよと教えてくれた。私は職場等で対人的トラブルで折り合いが悪くなれば、その人と物言わなくなり寄せ付けない所があり、結果として人から煙たがられていたと思う。いわば鶴のようなタイプなのかとも思うのである。
執筆 :(T.Y)