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G記

「 家族の回復と家族会のあり方 」

〜白坂知信先生より講和〜

2005.2.26(土)マツノイ・パレスで行なわれた。
  自己紹介の中にご自身の子ども期のことにつて触れられた。父親がアチコチで種をまいて、自分は北海道の地で芽が出た。いわゆる機能不全家族の中で成長していった。経済状態は貧しく、リンゴ箱に6本のろうそくをともして勉強をがむしゃらにした。親が<勉強しろ!!>とは一度も言わなかったが・・・やり通した。医者になる目標を定め数回の浪人生活を送り、大学に入学。
  親は諸手を挙げて喜んでくれた。この時、自分の人生は終了したと瞬間におもった。そして、次の目標が見出せず、空想的目標をもち、1年後に自殺を企てた。目覚めたあと、学生運動に走り(この時は自分の感情を大切にしたくて)、交際は広く浅く女性とつき合う毎日で、距離をとったやり方しか出来ない自分があった。当時の私の顔をみた知人が<怒りのない顔>をしていると称した。その通りであった。感情は表に出さず、嫌事は言わず、完璧主義(出来ないことはやらない)で、相手の評価を気にするという大学生であったとカミングアウトされた内容であった。
  今の奥様ともこの頃出会い、この人を裏切ることはできないと今日までやってきたが、ポリシーとして、恥ずかしくない家庭をつくるべし。子供をきちんと育てたくて相当厳しくしてきた・・・。結果 現在は糖尿病とワーカーホリックのアディクションを携えているとのことでした。
  日常の業務としては啓発予防をし「上手に呑みましょう」と働きかけている。この中で、DVの妻、パワーゲーム、イネイブリング、共依存という言葉の説明を行ない、更に、怒りの感情のとり扱いについて、伝えたいことを整理し、冷静にきっちりと伝え話しを前向きにしていこうとしめくくられた。最後には「断酒会とは大事にしているものの関係性を見直す場だ!」とおっしゃり終了となった。
 フロアーの側の感想として一言申し述べれば、白坂先生ご自身が断酒会という自助グループで回復されたのだと実感させられた。かたわら、北海道TVドラマになったヤンキー先生の勤務する学校での校医としての目で「いろんなことをしでかす子がいるが、これらは自己表現の手段。<わかってちょうだいよ!>いうものだ・・

大人達が今の幸福を見せることで、自分の人生の見直しができるのでは・・ないか」とも加えられた。

白坂知信先生 プロフィール

白坂知信(しらさかとものぶ)昭和26年2月17日生(54歳)
小樽市北仁会石橋病院院長、札幌医科大学医学部臨床教授、全日本断酒連盟顧問
昭和53年札幌医科大学卒業後すぐ石橋病院勤務、1年間米国留学、帰国後アルコール・薬物・ギャンブル・問題に取り組む。平成11年副院長、16年12月院長に就任。
保険所を中心に地域ネットワークを作り、学校での予防教育、地域への啓発活動、断酒会など自助グループの育成に励む。思春期問題、家族問題、PTSD、AC問題のエキスパート。
平成15・16年2年連続で全体断連東京セミナー講師主として家族の回復を担当。
4月3日四国ブロック(愛媛・松山)大会で記念講演予定
糖尿病とワーカホリックというアディクションをもち回復のため努力中(他己紹介)