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(R子さん)

「犠牲〜サクリファイス・わが息子・脳死の11日」

 この物語は、眼のケガにより、精神病に陥り長い間自己犠牲に思いを馳せた息子が自殺し、回復の見込みもなく脳死状態に陥り、息子が心停止になり、本当に息子の死を見とめ亡くなるまでの、父親や家族、医者や看護師の思いや態度を書いています。息子が生前、自己犠牲に思いを馳せ、誰かの役にたちたいと骨髄バンクに登録をしていたけどその願いが叶わないまま亡くなってしまったので、息子のためを思い、生前息子が書いた日記などを読み悩んだ末に臓器提供を決意するまでの物語と、人間の生と死についての考えが書かれています。私は、脳死について、本を読んだりしてなんとなく、死っていたつもりだったけど、この本を読んで、家族がくると体温や脈が上がることがあると知ってびっくりしました。私は、脳死状態になると、体温も脈もかわらないまま、徐々に低くなっていって、本当の死がくるのかなぁと思っていたからです。そう思っていたから、この本を読むまでは、脳死になったら私も人の死と認めて、本人の同意があるのならば臓器提供を行っても良いと思っていました。でも、この本を読んで、私も脳死を人の死として認めたら、臓器移植をまっている人達はたくさん助かるかもしれないけれど、命の大切さや家族との別れの時間など多くののものが失われるように思いました。臓器移植は自分の一部を他人に与え他人を生かす尊い行為だと思います。そのために私は、与える人も受け取る人も清らかでなくてはならないと思います。与える人は、見返りを求めず、与えることの喜びを感じ受け取る人は、その人の気持ちをしっかりと受け止め感謝しなくてはならないと思います。そんな臓器移植を実現させるためには、医療の現場と法律をもっときちんとさだめること、もっと多くの人に脳死と臓器移植について知ってもらうことが大切だと思います。そして、なにより、本人の意志が尊重されること、家族の同意を得ること、その体は誰のものかということが大切だと思います。体は、本人のものであり、家族のものだと思います。そのため臓器提供を行った体はきれいに返すことが必要だと思います。私は、臓器提供を希望してくれる人のためにも、一人一人が自分の命や人権について深く考え責任をもって生きることが必要だと思います。そして、臓器移植の問題が、お金や権力に支配されず、喜びと信頼関係の中に成立するような社会になればいいなぁと思います。私はこれから看護の道を進みます。看護の世界では、喜びとまたは悲しい死に出会うと思います。この本にあったような臓器移植の問題にも関わることがあるかもしれません。私はこの先、一人の看護師としてこのような症例の対象者と接した時は、この本の看護師のように、最後まで患者のケアを忘れず、残された家族にも十分な言葉かけと死の受容ができるまでのケアが自然にできるように、なりたいと思います。臓器移植についての考え方は、人それぞれですが、いつかきちんとして法律が整い、日本でも皆んなが納得した上で、臓器移植を行いたくさんの人の命が救える日がくればいいなぁと思います。