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体験記 (71)

 横須賀を去るにあたって、いろいろな事が思い出される。4年という短い期間であったが、仕事を別にしては、いい環境の中で生活できたと思っている。
 不潔恐怖にならなかったら、そして親の心配がなかたら、永住していたかも知れない。
 近所の人もいい人ばかりであった。身内が誰もいないからと言って、正月には子供にお年玉をくれたりして、他人がこんな事をするのは田舎では考えられなかった。東北の人達は丸いと聞いたが、それでも会社の田村さんの様に500円でも取り込む人もいるからすべてがそうとも限らないと思うが、あるいは自分の生活にかかわりがなく何のしがらみもないからかも知れない。
 会社が休みの日には何もする事がないので、いろんな所へ出かけたのがなつかしい思い出として残っている。
 赴任後しばらくして、子供にパンダを見せてやりたくて上野動物園へ行ってすごい人の波に驚いた事、皇居の一般参賀、ハトバスでの東京見物、横浜の街を散策したり、野毛山動物園は無料なので一人で何回も行った。
 休みの日は用がなく、田舎と違い遊ぶ所には事欠かないので家族と一緒によく行った。横浜東京方面は電車で、三浦半島鎌倉方面は車で走ったので、当時の道は今でも頭に浮かぶ。
 葉山の御用邸の前を通る度に皇居はいい生活をしているなと思ったものである。(住んでいる世界が違うから止むを得ないのだが)
 夏にはペリー来航を記念してペリー公園で花火大会があり、夕食後家族で見に行った。
 何も考えずにビールを飲んで運転して行き、公園の近くで警察に「どっちへ行きますか?」と声をかけられて飲んでいるのがばれたら困るので、警察の方を向かずに前を向いたまま返事をした。幸いばれなかったのでホッとして花火を楽しんだ。検問もなく花火大会の為の交通整理だったので、警察もそこまで考えてなかったのかも知れない。交通といえばこちらの交通マナーは非常に良かった。国道から右折しようと対向車が通るのを待っていると、必ず向こうが止まって通してくれる(直進車優先であるのに)右折車の為に後続車が通れずに後ろで待つと言う事がない。反対に国道へ入ろうとする車にも、国道を走っている車が止まって必ず入れてくれるのには感心した。エスカレーターは左側一列に並んで右側は急いでいる人の為に空けており、電車も高齢者、障害者、妊婦さん達に席を譲るのはあたり前で皆自然にできている。
 田舎者の私は当初、そんな考えが頭になく公然と座っていて、隣の人が、席を譲って初めて気がついたのである。今、高徳線に乗って混んでいる車内で、荷物を横に置いて2人分席を使っているのを見た時、この人も当時の私と同じだなと思った。
 反対に私が席を譲ってくれたことがある。家族で遊びに行っての帰りに息子が眠ってしまったので抱いて電車に乗ったが、車内が混んでいたので抱いたまま立っていると、斜め前の女性が立ち上がった。次の駅で降りるんだな、前に立っている人に権利があるからと立ったままでいると、前の人も、その横の人も誰も座らない。私は眠る息子が重たかったので座ってやれと思い、人をかき分けて、その席に座った。立ち上がった女性は駅がきても降りようとしない。そこで初めて子供を抱いた私に席を譲ってくれたのだと分かった。
 立っている人達もそれが分かっているから誰も座ろうとしなかったのだ。そんな事も分からずに私も礼も言わずに公然と座った私は恥ずかしかった。

執筆 :(T.Y)