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(T.T)

コア 五月ミーティングを振り返って

五月の集まりでは、ずいぶんと知ったかぶりをして他の人を批評してしまいました。私もえらくなったもんです。少し後悔しています。ただ次にすすむヒントも入っていたかなという気がしています。

@パソコンを買いたいと言うF子さんに対し、私もパソコンが欲しいのですが、よく知らないくせに、ゆめタウンの北の場所と南に二軒の大型専門店があるのを、北の場所と南の場所を混同してお教えしてしまいました。

Aこのところは、自分に対し理解と関心のない親についての愚痴を集まりに来てはぶちまけて楽になっていて、自助グループは「王様はロバの耳」だなあと思ったのですが、前回通信のチェックシートの解説の「ガス抜き」云々のところは、まさにそこに留まることの問題を指摘しているように思われました。自分を傷つけた相手にそのことを言い返さずに自助グループにタレ流して捨てている状態に留まっていては、ずっと、そうし続けなくてはならないのでは?(自助グループへの依存)それではいつまでも次に進むことができないのではないか?とも思ったのですが、いや、当面の愚痴を言って楽になるのも悪くないだろう、先を見通す余裕もそのうち生まれるだろうと現状を肯定しています。

B前述の「自己主張」ですが、それが、人とつきあすためのレッスンの第一ステップなのだと思います。3月の集まりでは、別の人からの反対意見にどう対応していいのかわからないで落ちこんだ、という体験に対して、また私は知ったかぶりをして、それは人とのつきあいの第2ステップなんですと思いつきで言ってしまい、それじゃ第一ステップは?と聞かれて、私は答えられませんでした。第一ステップの「自己主張」を、誰にでもしていいんだよ、ということになると、それじゃ相手から自分に自己主張をしてくるのを認めなきゃいけないんだね、という第2ステップが導き出されてきます。ただ、その相手の意見が自分にとって賛成できるものであっても、賛成できないものであったとしても、相手が主張することは尊重しなければならない。さてその先の折り合いのつけかたは?まだ私の手には負えないステップです。

Cアスクヒューマンケアの本「アダルトチャイルドが自分と向き合う本」を開くと、ACが自分の育ってきた家族をふりかえるワークに入る前に、アルコールや薬物の依存のある人は しらふの生活が安定してから、めやすとしては断酒(薬)後3〜5年を経てから取り組むのがよい、と書かれています。そうでないと後藤先生が指摘されたように、自分の家族をふりかえった辛さのためにアルコール(薬)を飲んでしまう理由となってしまうことがある、と。
 自助グループが自分の育った家族環境をふりかえるという、本来の目的を正当にすることで、依存行為のあるメンバーを辛くさせ、スリップさせ、自助グループ使用上の注意に触れてしまい、次から来ることができなくしてしまう、そんなこともあるのかなと考えてしまいます。私のひきこもりも自助グループのおかげで強化されているかもしれません。

Dおそらく 夫に去られる恐怖から、非常識な行動(お話したように、夫とケンカになるというので、夫が帰ってくるまで、深夜までも家の玄関の戸の錠を開けたままにする、など)を続けている私の母の共依存行為に対して、何もできないでいる私がいるわけで、集まりで、他のメンバーに知ったかぶりで「長い目で」なんて言えません。私の状態をもとに言えるのは「依存症になっている人間に対して本人以外の人間ができることは何もありません。」後藤さんがおっしゃったように「本人がやめる決心をつけるまで」私のひきこもりも、他の嗜癖行為と同じく「自分で勝手におぼえこんだ、すこしへんてこな『自分で自分を抱きしめる』方法なのだと考えるなら、まず自立して親から離れた後で、さて自分の育った家族を考えるのが順序かな、と思ったりするのです。今も母親達と住んでいるのでままならないのですが。」

E家の中での決定事項についてわが家の場合、支配しているルールがひとつあることを思い出しました。わが家での決め方はこうです。母「こうしたいけど反対の人!」 息子「はい反対!」 母「却下。」 息子「どうして??」 母「私が金を出してるのだから口も出せるの。はいおしまい。」

F今月は短歌に挑戦してみました。

あとからね 通過点だったと 言いたいね
だけどあせらず 覚悟は一生

     (クズモ)