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ちょっと一息コラム

『海を渡ったまぼろしの国宝 ボストン美術館展
―― 人間の中の悪の要素 ―― 』

 先日、大阪の天王寺にある大阪市立美術館へ「雲龍図」(曾我蕭白(しょうはく)画)を観に行ってきました。これは大きな襖絵で、実に画面いっぱいに一体の龍が描かれているのです!!(なんということでしょう!!今にも動き出しそう!!)全体的なものから受ける迫力があります。エネルギーがあります。その龍の目玉がひょっとこの様にクルんと宙を泳いでいます。なんだか、この絵は時間をかけながら、じっくりと何日もかけながら緻密に描かれたというよりも、心のエネルギーを一点に集中させ、勢いをもって一気に描かれた絵であるような気がしました。画家の溢れんばかりのエネルギーが感じられました。漆黒の中を舞う龍。なかなかのものです。(ここで、うなる。)
 それとは一転して、同画家の別の絵に目を向けると、まったく作風が異なっており、別の人物が描いたのか、と思う程でした。そこに描かれていたのは、エネルギーの溢れる龍とは違って、人間の卑しさや、画家自身、心の病があったのか執勧に複数の打点が描きこまれているものもありました。
 解説によると、蕭白は人間の厭らしさなどを描いてきた人ということでした。観ると心が穏やかになる絵もありますが、人間の心の表現はそれだけでは終わりません。未完です。蕭白は人間の心のダークサイドを、自身の中のその部分も含めて絵として表現していったのでしょう。それを形あるものに表現する能力が彼にはあったのでしょう。
 例えば、「暴力」や「いじめ」「戦争」など、ネガティブと分類されるものも、どの人間の心の中にもその様な部分が存在します。それらを無くしてしまうのが解決ではなくて、そういったダークサイドの部分を自分の中にも知り得て、まずはありのままを認めていく作業が必要なのではないでしょうか。そうすることが、一人の人間が立ち現われてくる、ということなのではないでしょうか。
 そんなことをふと考えさせられた“空から舞う龍”とのひとときでした。

(サンシャイン)