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体験記 (23-24)

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 せっかく軌道に乗ってきて、採蜜量も多くなり面白くなってきていた養蜂だったが、このような形で失敗するとは思っておらず、何をするにしても、その道に通じた人の教えを受ける必要を強く思った。
 私は神経質で人に何か言われると、それをすべて自分への嫌悪の表現と受け取る癖は日記指導を受けて、考え方が換わってもそのまま残っていた。
 日記指導でノイローゼは乗り越えた。これでノイローゼは治ったから自分はもう大丈夫と思い、完全に森田から離れた為と森田療法の知識的なものは何も知らなかったものだからいつか森田的生き方から離れてしまったので、人の中へ入って行くようなことはあまりしなかった。ミツバチの病気も先生に教えてもらったらよかったのだが、何回も聞きに行くとうっとうしがられないかと変な遠慮をして、先生の所に行かずに、本をたよりにして対処していたのでこのようになったものと思っている。
 他人の自分への思惑ばかり考えて言いたいことも言えず何かにつけて遠慮ばかりしているので当然のことだが神経症の再発ということになってしまったのである。
 対人恐怖は再発してしまったが不眠と音響恐怖(時計の音)には悩むことはなく、これは根治できた。これは本を読んでそれにとらわれただけであり一過性のものだったようである。
 それでも日記指導を終えて良くなって何年かは大きな落ち込みもなく、普通に生活はできていた。
 三ツ星ベルトは神戸に拠点をおいて伝導製品(Vベルト、平ベルト)を中心に発展してきた会社である。
 伝導製品及びタイヤ、チューブを作っていた為に第二次大戦中は軍需工場として、軍の管理下におかれていたそうである。
 昭和20年、戦局がはげしくなり、神戸の工場が空襲を受けたら困るので軍の方から疎開を命じられ適当な場所をさがしていた所、香川県の津田の土地に製紙工場跡を買い取って操業したのが始まりとのことであった。
 戦争がなければ会社が四国へ来ることはなく、私も入社することはなかったろうと思う。縁とはこういうものかも知れない。昭和36年に入社したが当時の社員は三ツ星全体で3,080人、四国工場だけで700人を数えておりそういう会社であれば当然かも知れないが、あっちでこっちですぐにカップルができていた。従って社内結婚が多かったのである。
 こんな会社であったから、町内では三ツ星のことを桃色会社と呼ばれていたのである。
 女性は寿退社になるのだが会社を辞める時、挨拶回りをする。その時は皆、必ず振袖を着てくるのであった。
 従って会社の中では「あの人の振袖がきれいであった。この人のは、そうでもなかった。」と言って振袖の競い合いのようであった。

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 会社では物流課(最終工程)に配属されていたのであるが前工程の仕上げ部門(自転車のチューブ)は大半が女性であった。
 特別に意識しているわけではないが内気で気が弱い為、仕事の用事以外は全く話しをしなかった。これは相手が男であろうが女であろうが同じで一緒に仕事をしていても用事がなければ黙ったまま仕事をするので人から退屈がられていたようである。
 社交性がなく無口なのに加えて、対人恐怖の症状も残っていたと思う。つまり自分の言動が人からどう見られているかで誤解され、悪く受け取られ批判されるのが怖いのであった。
 日記指導を受けて(人の心の内部はいくら考えても分からないもの、従ってこれは分からないものとして流していく)と教わったのであるが、日がたつにつれてその考えが少しずつ薄れていき、あゝ思われているのだろうか?と考えるから他の人のように好き勝手におしゃべりして仲間と和気あいあいと会話を楽しむことができないのであった。
 そのくせ人と仲良くしたいという気持ちは人一倍強いので、人の自分への言動を特別強く意識するのであった。
 反面負けず嫌いである為に自分のことを誤解され悪く評価されたりすると、もうこの人に嫌われた、もう元の状態にはもどらないと考えて、その人から離れていき乍ら誤解されて悪く評価されたその人を許さずに、いつまでも憎んでいるのである。これでは仲良くできるはずはないのだが、頑なに心をとざしているので人が近づきにくく結果として付き合いにくい人間になっていたと思う。
 嫌われているのじゃなくて、自分で嫌われ、いじめられるのじゃないかと思っているから、人々の言動を自分が排斥されているように思えて本心とは裏腹に人をさけて結果として本当に人に嫌われて敬遠されていたようである。
 しかし、こういう風に思うようになったのは、最近のことであって、当時は本当に嫌われていじめられると思っていたのと、その為に言いたいことしたいこともできずに人の思惑ばかり考えて引いてしまうのであった。何人か集まって雑談している時も自分から話しの中へ入っていくのでなく、グループのそばで人の話しを聞いているだけという態度であった。人の顔色をみるだけでなく、その場にふさわしい話題もうかんでこないので自然と黙って人の話しを聞いているだけであった。子供の時から人をさけていたので付き合い方の術を知らなくてビクビクしているのと、元々の無口な性格も影響して話題が出てこないのであった。
 そんな時、何人かの男女が集まって雑談をしている時、私もその中にいたが、前述のように黙って聞いているだけであった。
 その場所に一人の女性がなぜか金魚を持ってきていた。(今の会社では考えられないことだが当時はノンビリとした会社であった)
 何かのはずみにその金魚が水から飛び出て地面で跳ねていた。私はこの女性が金魚を助けて水に入れるだろうと思ったらいきなり足で踏み殺した。これを見た時この女が鬼に見えて顔みるのも嫌になったのを覚えている。金魚が何をしたというのだ。何も殺さなくてもいいのに。女はやさしいというイメージを持っていたので、こういう風に生き物を平気で殺すということが信じられなかった。

執筆 :(T.Y)