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川の氷

 歳月は流れ行く。凍った心にも、やがては春がめぐり来る。激しい瀬よりも、幸福のたゆたう淵において冷気は形を現し易いのだけれど、やがて川はたったひとつの水の流れになるのだろう。
 この間、夕方の町に、豊島の座談会の広報車が走っていて、私はときめいた。遠い国のグリーンピースとかではなくて、日常を過ごす地に正気の声が聞けるのだろうか。強者の欲望追求の方策以外にも、汚された者の連帯を求める声があるのか。
 しかし私は集会に行けなかった。自分は存在を許されていると思うことができないので。すべての欲求は恥であり、おまえは決して義務を果たすことのできない余計者だと、冷気が心を固めてしまう。縮かんだ心は自力で進むことができない。
 こんな人には、押し付けがましい人が救いになることがある。プラスでもマイナスでも、かまってもらえる絶対値の大きさに魅せられる。関係だけに生きて、生命は邪魔になってゆく。誰かが怒らなければ、弱者を死に向かわせる人々が権勢を伸ばしてゆく。
 私にとって医師とは、人に精神病のレッテルを貼り、その烙印をゴミ箱のフタとしてその下に自分の心の影とすべての真実を封じ込めようとする人のことなのだ。神のように慕っていた医師は私の存在を認める力をほとんど持っていなかった。ただ誰かれかまわず、自分の存在を認められたいという渇望に、駆り立てられていただけだ。彼は誰をも本当に愛することはできない。幼時にやせがまんを強いられた魂は、真実を恐れてあやし、まやかしだけを求め続けた。救済者になりたい哀れなスケープゴートは、救えない弱者を敵として憎んでしまう。成功が偽造される。苦の存在が拒絶される時、死の真実が招かれるしかない。医師は、弱者は強者の犠牲にならねばという自他のつぶされている心をどうにかできない限り、赤ヒゲならぬ青ヒゲにしかなれない。
 あれでも、立派に生きている。それがこの世というものならば、私は私の存在を許せねばならない。朝寝は百薬の長、ひなたぼっこは千人の良医に勝れり。一頭の犬は幾万の援軍にして、野鳥らは天使の祝福。私は生きてゆく。

 (草庵)